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手元に、パート労働の調査報告書がある。
ある自治体が継続しておこなってきたものだが、たとえば九○年代半ばごろだと、企業はどんな理由からパート労働者を雇ったのだろうか。
六割近い企業が、「簡単な仕事だから」と答えている。
それが、パートを雇用する理由のトップだった。
「賃金コストが安くてすむから」という答えは、五割にも達していなかったのである。
同じ問いかけを、その自治体は二○○○年に入ってからもおこなっている。
順序は逆転していた。
六割近い支持を集め、トップに挙がったのは、「賃金コスト」のほうだった。
九○年代半ば当時は、「正社員の確保が困難」という理由も上位を占めていたが、今、そう答える企業は四社に一社にも満たない。
どうやら、九○年代半ばくらいまでは、パートは「簡単な仕事をする人」というイメージが強かったようである。
本当は正社員を採りたいが、人手不足でむずかしいからパートを採用する、とも企業は考えた。
パートなど非正社員は、あくまで臨時要員だったのである。
はじめにまじめにそれが九○年代半ば以降は、人件費削減の切り札として主役の座に躍り出る。
パートや派遣、うけおいなどの非正社員という存在は、もはや臨時ではなく、重要な働き手、会社の支え手として従業員の列に組み込まれた。
企業の競争力強化、利益の出る体質の強化という掛け声のなかで、非正社員という安価な労働力は、その任を担うにあたっての、適役であった。
二○○五年に入り、景気の浮揚や企業業績の本格的な回復を示す数字が経済統計に現れ始めたが、そのようなときだからこそ、雇用の非正社員化が企業に、そして暮らしにどのような変化をもたらしたのか、その功罪、とくに「罪」の部分を分析しておく必要がある。
「功」は企業の業績回復への寄与、失業率の改善などだとすれば、では「罪」は何だったのか。
それは「雇用の質」が低下してしまったことだと思う。
企業にとっては、それは「功」として機能したのかもしれないが、働く側に立てば生活もやっとという低賃金、いつ雇用が打ち切られるかわからない不安の増幅など、非正社員化はまさに雇用破壊という表現がふさわしい″暴風雨″みたいなものであった。
そのツケは今後、確実に現れると思う。
経済的に自活が困難なフリーターの″量産″で、結婚しない人、結婚しても子どもを持とうとしない人などが増えるだろうし、また正社員、非正社員のどちらに組み込まれるかで経済的な格差も拡大するだろう。
後者は、社会的な安要因にもなるはずである。
私は、企業は不況脱出の過程で、人材の受け止め方に混乱が生じてしまったのはないか、と思っている。
人材を「人財」と書く企業もあるくらい、それは財産であり資産である。
が、一連の構造改革を進めるなかで、それをコスト、すなわち費用と見る考え方のほうがあまりにも強くなってしまった。
費用なら安く上げたいと思うのは、経済人なら当然である。
だが、行き過ぎると働く人たちから夢や希望を奪い、産業という名の文化を破綻に導く。
いま、企業の社会的責任が問われるようになったが、非正社員をどう処遇するかという切実な問題にこそ、そういう視点を注いでほしい。
むろんこうした雇用破壊は、独り企業だけの責任ではない。
定見のない雇用の分野の規制緩和が今にいたるもとになっているという意味では、政治の責任も免れない。
いずれにしても、雇用労働者として働く人、約五○○○万人中一五○○万人強が非正社員という時代になった。
むろん多様な働き方はあってもいいのだが、正社員との処遇の格差があまりにも大きすぎるのは問題である。
この本は非正社員を若年フリーター、中高年男性フリーター、女性非正社員の三つの視点から見ながら、それぞれに潜む問題点を探り、解決への道を模索したものである。
「与党の二世議員たちったら、ひどいのよ。
私が予算委員会で、非正規雇用者の厳しい現実を追及したら、それなら正社員になればいいなんて野次るんだから。
まったく実態をわかっていない」野党の女性議員に会ったら、開口一番、こうぼやいた。
テレビの国会中継でも見ていれば話の調子を合わせることができたが、残念ながら見逃していたし、いや、中継自体がなかったかもしれない。
念のため、その野次が飛んだという二○○五年三月の参議院予算委員会会議録を見てみた。
この日、この女性議員は参議院予算委員会で、パートや派遣、契約社員などで働く人の生涯賃金が正社員の四分の一でしかないなど、厳しい現実を訴え、正社員との均等な処遇の必要性を強調していた。
会議録は議員が飛ばした野次までは、記録にとどめない。
だが、次のような、彼女の発言が載っている。
「さっき、正社員になればいいというやじが飛びました。
ひどい話で、正社員なんかなれないんですよ」野次を飛ばしたのが二世議員かどうかまでは、この文言からは確認できないが、野次は確かにあったのだろう。
そして与党の政治家のなかに、非正規雇用の問題を解決するには正社員になればいいという程度に、軽くかまえている人がいるということも、これまた確かなようなのである。
いつだったかはもはや定かではないが、政治家の次のようなテレビでの発言も、記憶に残っている。
フリーターの定義については、国を危うくさせる、もっと若者はしっかりしてほしいと、彼は視聴者に訴えたのだった。
先の「正社員になれば」発言といい、フリーター亡国論といい、この国の為政者たちは、非正規雇用者ひとごとの増加という三世紀社会を根底から揺さぶりかねない大問題に、どうしてかくも他人事の様に、無責任にかまえていることができるのだろうか。
第一、いまどき、正社員になるのは簡単ではない。
正社員といっても、処遇の条件が非正規と正規のマージナル(境界)領域のケースもある。
つまり、非正社員に近いような低い処遇の人もいるから一概には言えないが、正社員になって安定的な収入を得ようとすれば、厳しい競争を勝ち抜かなければならない。
フリーターをはじめとする「非正規」という名で働く雇用者の増加は、政治の責任であり、かつまた経済的な構造変化のしわ寄せだと思っているが、その理由は後で述べるとしよう。
その前に働き方についてだが、私もさまざまなかたちがあっていいと思っている。
何も「正規」の働き方、つまり正社員だけが働き方の王道だ、などと言うつもりはない。
問題は、非正社員という身分は、正社員に比べて処遇面での格差が大きすぎるということにある。
非正社員という言葉には、自分の都合に合わせて働くという希望も込められており、少なくとも正社員にはそんな含意はない。
正社員という働き方は、会社の都合によって生活を、さらには人生を大きく左右されかねない。
その結果、夫婦、親子の別離を余儀なくされたり、あるいは過労死といった悲劇に遭遇することだってあるかもしれない。
さて、フリーターだが、たとえそういう呼称の身分に甘んじていても、一九九○年代の前半くらいまでは本人も、また周囲、とくにその親たちにも、「不安定な仕事に就いているのは仕方がないけど、ま、いいか」というくらいの余裕があった。
その理由は、彼らの働き方の選択は、一種のモラトリアム、つまり決定を先延ばしにした。
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